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ビスケットの缶

記念日

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お友達とのお茶の時間のために作ったモンブランをだんなさまと試食。
生クリームと栗の組み合わせが幸せ。

 だんなさまと出会ったとき、びりびりっと電気が走った。それは本当に電気のようなものだったけれど、よく言うようなロマンチックなものではなくて、この人にはなぜか家族のようなつながりがインスピレーションのように感じた不思議な感覚だった。お兄ちゃんのようなあたたかい感覚で、恋愛のような感覚ではなかった。でも6年後、その予感は本物になった。
 もうすぐだんなさまと13回目の結婚記念日を迎える。少し前に探し物をしていて、ふと古いアルバムが目にとまって広げた。日本で二人が恋人だった時代のものだった。ういういしい二人に、別人の物語を見るような不思議な気持ちがした。あのとき、想像もしなかった未来に私たちは今いる。夫婦になって、小人たちという子供を授かって、たくさん泣いて笑って、時にはけんかして。いまだ、びゅーびゅー風が吹き付ける中、いつまでも続く登り坂で息つく間もないような毎日をすごしている。泣き言ばかりの私の隣で、無言で歩み続けるだんなさまはただただ辛抱強い。もしかしたら、こんな必死な毎日ほど、後で振り返ると充実していたと感じるのかもしれない。「雨降って地固まる」、結婚式の挨拶のように、こういう日々を一緒にすごして初めて夫婦になるのかもしれない。
 私たちの夫婦喧嘩の最初はブロッコリーの茹で加減だった。今思うと、もしかしたら何でもよかったのかもしれない。新婚生活、まったく違う家で暮らしていた二人が一緒に暮らすようになるのだから、やはりはじめはお互いの違うところばかりが目につくし、知らず知らずとお互いに気遣いをしていて疲れる。その見えない疲れが雪のように積もって重みに耐えかねて崩れた。そのきっかけを作ったのがブロッコリーだった。ブロッコリーの茹で加減は2分30秒。それ以来、それを守っている。そのエピソードを知っている姉は、何かあると「ブロッコリーは2分30秒でしょう。」と冗談めいて笑う。でも、毎日の暮らしの中で、ほんの少しずつお互いに譲りながら、川底の石がぶつかりながら丸くなるように、夫婦はそういうものなのかもしれない。
 それでも、13年暮らしても好みが全く違う部分もある。ビールは缶ビール一本入るような大ぶりなグラスで飲むのが好きなだんなさま(缶や壜でそのまま飲むのが嫌いだという。)の一方、私は薄い小さなグラスで飲むのが好き。だんなさまはフルーツはしっかり冷えているのが好きで、私は冷えすぎていないほうが味がわかると思う。眠るときはライトを消したいだんなさまに対して、私はライトをつけて眠る。毎晩3秒で眠りに着くだんなさまに対して、私はいつまで経っても眠れない。「Let's call the whole thing off」の歌の歌詞のように、二人はこんなにも違うけれど、13年寄り添ううちに、そんなことは小さいことのようにも思えてくる。無理にあわせることはないのだと。母は父のことを「宇宙人」と言う。子供のころはその意味もわからなかったけれど、今はわかる。まったく別の人間、まったく別の個性なのだから、夫婦はお互いわからない部分があって当然だし、それでちょうどいい。わからない部分=自分にない部分を、お互い尊重しあいながらこれからも一緒に記念日を重ねていけたらと思う。

 
by cinnamonspice | 2014-11-06 15:17 | まいにちのこと