ビスケットの缶

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ゆっくり

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「歩くのが遅いんですね。」
夏休み、遊びに来ていた甥っ子がだんなさまが歩くのを見て私に言った。
そう言われてみると、だんなさまは歩くのがゆっくりだ。
歩くのも、話すのも、行動するのも、なんでもゆっくり。
急いでいる時はつい急かしたくなるけれど、それがだんなさまのテンポなのだと思う。

いつも日本の実家がある横浜に帰るたびに、人の歩くスピードに驚く。
駅の改札を出て、みんな急かされるように歩いていく。
そのスピードに遅れると、人とぶつかってしまったり、舌打ちされたりする。
いつもうまく歩けるようになるまで、一ヶ月近くかかる。
そんな私も、日本にいた時はそのスピードで暮らしていた。
私とだんなさまは、荒井良二さんの「はっぴいさん」の絵本のように、あわてんぼう(女の子)とのんびり(男の子)の組み合わせだ。

アメリカ(LA)では、走ったり急いでいる人の方が少ない。
きっとのんびりのだんなさまは、今のアメリカのこのテンポがちょうどいいのかもしれない。
みんなそれぞれのテンポを持っている。
「はっぴいさん」のお話のセリフのように
「あわてるのはなんでも一生懸命だからだと思うよ。」
「のろのろは丁寧なんだ。」
それでいいんだと思った。
それにしても、日本の都会のスピードは少し早すぎませんか。
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by cinnamonspice | 2015-09-30 05:48 | Comments(2)

吾輩は猫である

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くるみパンをマスカルポーネチーズとメープルシロップでいただく。シアワセ。

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

有名な書き出しのその続きを知らなくて(昔、中学生くらいで手に取って、途中でやめてしまった)、今読んでいる。
猫の目線が今なお新鮮で生き生きと感じる。
主人公の猫は仔猫のうちに親から引き離され捨てられる。ちょっと切ない場面からはじまる。
お腹を空かせて、苦沙弥先生の家のお勝手に忍び込むけれど、入り込むたびに何度も何度もお手伝いさんに外に放り出される。
いじらしくも健気で、愛嬌があって憎め無い、読みすすめるうちに、猫は飼ったことが無いけれど飼ってみたいと思えてくる。
飼い主の先生が、家族には勤勉家と思われているけれど実は書斎にこもっては読みかけの本の上によだれを垂らして昼寝している姿を見て、教師とは実に楽なものだと評してみたり、歯に絹着せず淡々とした語り口調がいい。
近所の美人猫の三毛子、車屋の家のべらんめえ口調の黒猫の黒との猫世界の交流だけでなく、先生の家にやってくる人々も実に面白い。
先生宅に好きな時にずかずかと入ってきてはホラ話ばかりする噺家のような迷亭、友人たちと朗読会を開催し船頭役や金色夜叉のお宮役をする詩人の東風、実業家の娘と思いを通わせそれがきっかけでひと騒動ある理学部学生の寒月(彼は「首くくりの力学」やら「蛙の目玉の電動作用」に関する研究など不思議な研究に真剣に取り組んでいる)、苦沙弥の妻…。
そうした人間模様を低い猫の目線からゆるゆると描きつつ、時にネズミと対決してみたり、近所を探偵してみたり、カマキリやセミをとって猫的運動をしてみたり、人間界と猫世界の行き来が興味深い。

読んでいる私は、時にクスクスと笑いが堪えきれず漏れて、小人に訝しがられている。
短編と勝手に思い込んでいたら予想外の長編で、猫の話だと思ったらそうでもなく、子供向きかと思えば子供には難しく、夏目漱石の他の作品とはだいぶ異なる飄々とした語り口(処女小説なのですね。)、いろいろな部分でいい意味で裏切られる楽しい作品に夢中になって読んでいる。

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by cinnamonspice | 2015-09-28 11:35 | | Comments(2)

おかあさんのあしのうら

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Backe晶子さんのレシピをアレンジしてくるみパンを作りました。
ふわふわのおいしいパンが焼けました。

昨晩は眠れなかったので、ふと、自分の小学一年生のときの日記帳を取り出して読んだ。

7月30日 金ようび あめ
「おかあさんのあしのうら」

おかあさんの、あしのうらは、ざらざらでかたい。
しわもいっぱいある。
ゆびでこすってみたら、「しゃっしゃっ」と、いうおとがしました。
わたしが、
「おかあさんの、あしのうらってかたいね。」
というと、
「cinnamonちゃんが、うまれるずーとまえから、あるいていたからね。」
といいました。あしのうらのしわがAと、いうじにみえました。
「おかあさん、Aがた?」
ときいたら、
「おかあさんは、Oがた」
といった。

おかあさんの足の裏、そういえばざらざらして硬かった。気がつけば、私もあの時の母の歳になって手入れを怠るとそんな足の裏になっている。小人たちが赤ちゃんのときのあのぷくぷくのすべすべの足を思い出した。「あなたがうまれるずーっと前から歩いていたから」歩いて歩いて、みんな立派な足の裏になっていく。
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by cinnamonspice | 2015-09-26 04:29 | Comments(0)

たからものの行方

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秋の装いをしたいのに30℃前後の気温の日々が続いています。
まだまだこない秋に、天然生活に載っていたレシピを参考にレースの生地でノースリーブのブラウスを作ってみました。
後ろがスナップボタンになっているので、着るのも簡単。
甥っ子がセドナでパワーストーンを買ったとき、
「日本へ帰ったら好きな女の子にプレゼントしようかな。」
と少し照れながら話していた。
そのときは教えてくれなかった女の子の名前を、帰る当日、こっそり教えてくれた。
その後あのパワーストーンはどうなったのだろう、と時々思い出す。

あのときセドナで甥っ子と一緒に買ったパワーストーンを、小人はティッシュを敷いてジャムの空き瓶に入れて(彼の宝物入れらしい)机の上に置いて大事にしまっていた。
ある日、そのパワーストーンがなくなって、ぽっかりとパワーストーンがあったところだけが抜けていた。
そして、ふと目をやると、そのジャム壜の脇にラッピングペーパーで包まれてリボン結びされた小箱が置かれていた。
ラッピングペーパーも紐も私の部屋からいつの間にか持ってきたらしい。
小人が大事にしていたたからもの。
その行方を想像して、胸がほくほくとあたたまった。
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by cinnamonspice | 2015-09-24 14:36 | Comments(2)

怖いもの

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週末、小人が「千と千尋の神隠し」を見たいと言って、家族みんなで見た。
以前見た時は、お父さんとお母さんが豚にされたところで、怖くなって小人たちはギブアップだった。
それ以来、一度も見ようとしなかった。
今回も小人は豚のシーンはクッションに隠れながら、弟小人は腰を浮かせて逃げ腰で、でもなんとか最後まで見ることができた。
見終わると、
「面白かった」
そうつぶやいた。
そして、学校から帰ると、小人は今日もまたもう一度「千と千尋の神隠し」を見ていた。
冒頭の豚になるシーンは飛ばして。
訳を尋ねると、昨晩、だんなさまと私が豚になる怖い夢を見たのだと言う。
怖がっている小人たちには悪いけれど、怖いものがあるというのは、なんだかいいもののように思った。

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by cinnamonspice | 2015-09-22 13:54 | Comments(2)

余韻

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サッカー帰り、弟小人とだんなさまが買ってきた私が食べたがっていたJJ Bakeryのお菓子でおやつ。
ふわふわの餅の中にはホイップクリームとイチゴとスポンジ
だんなさまの思惑通り、昨晩のけんかもお菓子で折れてしまうから悔しい。

引き込まれるようにして夜な夜な読んで、金色夜叉を新続金色夜叉まで読み終えた。
途中2作品は、恋愛から少しテーマが変わって、サスペンスホラーのような狂気的な怖さを持つ部分も。
赦し、罪、が物語の軸となる。
生きていく上で、みんな罪を背負っている。
でも、人を赦すというのはとても難しい。
貫一とのいきさつを知る貫一の親友の荒尾と偶然に再会するお宮。
お宮に対して、「親友を裏切ったあなたを赦さない」という荒尾だったが、泣いて後悔するお宮に同情して「自ら容されたるは人に赦さるる始まり」と言葉をかけるやさしさが胸に残った。
また、お宮に頼まれて久しぶりに貫一のもとを訪ねた親友の荒尾と貫一の男同士の友情を感じさせる会話もよかった。男の人の友情って(距離感が)いいですね。
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by cinnamonspice | 2015-09-21 13:29 | Comments(0)

儚さ

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引き続き金色夜叉を読んでいる。
(金色夜叉は前編、中編、後編、続金色夜叉、続続金色夜叉、新続金色夜叉という6編からなって、想像よりも長いことを知った。また作者が亡くなったため、未完である。)
さて、話は、熱海の浜辺で貫一青年が裏切られた、とお宮を蹴って、前編は衝撃的なラストを迎える。
(時代背景を考えても、想像以上に思い切りで流血するほどには驚いた。)
中篇からその後4年後の二人が描かれる。
行方をくらまし、人が変わったように高利貸しとなった貫一。
胸のうちにくすぶる貫一への想いを抱えて(生まれた子供とも死別して)富山夫人として暮らすお宮。
偶然にも、冷酷にもともいうべきか、二人を運命の糸が再び再会という形でたぐりよせる。
その後、貫一は旧友と再会もするものの、お宮との再会がさらに貫一を冷徹な高利貸しの役へとかりたてる。
どこまでも、悪魔のようになって自分を貶めることで自分を責め生きる貫一、変わり果てた貫一との4年ぶりの再会にさらに胸を痛めるお宮。
それぞれ地獄のようなところで生きている。
ある瞬間の判断ひとつで、人生が変わってしまうことがある。
誰もがそんな瞬間を重ねて生きているのかもしれない。
誰が正しくて、誰が間違っているのではなくて、人の悲しみと愛を描いている。

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by cinnamonspice | 2015-09-20 02:10 | | Comments(2)

家のダイエット

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雨が降って、少し涼しくなったので、家に篭って真面目に家仕事。
レモンシロップを作って、イチゴジャムを作って、洗濯をして、キッチンの整理をした後、ずっと気になっていた書類の整理に取り掛かった。
棚を一段片付けたら、紙くずが大きなゴミ袋一袋になった。
古い請求書、子供の学校からのお知らせ、領収書、一枚一枚は軽いのに、一袋になるとずっしりとした重みがある。
これまでの年月の重さのようにも思えてくる。
以前小人たちに作った洋服の型紙が出てきて、100センチのシャツ、110センチのズボン、もうそのサイズに戻ることはないのだと思ったら、その型紙を捨てる時は、ちょっと寂しくなった。
スッキリとした棚を眺めて、これで、探し物が下手なだんなさまも見つけられるに違いないと、一人満足。
ハロウィーン、サンクスギビング、クリスマスと、ものや書類やスケジュールがごったになる季節が来る前に、少しずつ家の中のダイエットに取り掛かろうと思う。
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by cinnamonspice | 2015-09-18 10:27 | Comments(2)

雨の夜の読書

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「CREA」の特集で、いろいろ読みたい本が見つかりました。

夜中、ひどい弟小人の咳で目を覚ました。
久しぶりに雨が降っていた。誰かがやけっぱちに打つドラムのように激しく雨が屋根を打つ。
いつもは心地よく感じる雨の音も、今日の雨音はうるさく思えて眠れない。
仕方なく、今読みかけの尾崎紅葉の「金色夜叉」を読もうと、サイドテーブルのiPhoneを手に取った。
実は電子書籍を読むのは初めてだ。
紙のめくる感触や、音、文庫本を愛する者として電子書籍を敬遠してきた。
でも、海外で暮らしていると、欲しい日本の本を手に入れるのは難しい。そんなときに電子書籍は便利だと知った。
初めて読む電子書籍が明治時代の本というのも不思議な感じがするが、意外に読みやすくて驚いた。
今、読んでいるのは「明治文学小説大全」という夏目漱石、森鴎外等、明治時代の小説傑作52編を収録した豪華なものだ。
そんなに豪華なのに、海外で購入しても$1.99という値段もうれしい。
今は版権の関係でか、古い名作がただで読めることもあるのが信じられないくらい贅沢だ。
しかも携帯さえ持っていれば、どこででも読めるのはとても便利だ。
さて、本題に戻って、明治時代の文章と恐る恐る読み始めた「金色夜叉」だったけれど、これがなかなかおもしろくて止まらない。
金持ちの御曹司である富山唯継が、お正月の宴の席に大きな金剛石(ダイヤモンド)の指輪をひけらかして登場するシーンや、それに色めきたつ女性、鼻持ちならないやつだとおもしろくない男性たち。
その後のカルタ大会で男性たちが徒党を組んで力ずくで富山唯継をこてんぱんにやっつけるシーンなど、今読んでもおもしろい。
その一方で、親が決めた御曹司との結婚の話を貫一に言うに言えず塞いでいるお宮が、貫一に落ち込んでいる理由を問いただされて、「生きることが楽しくない」と告げると、貫一が元気づけようと話をした後「僕には一つ楽しみがあるから生きているのが楽しい。」と、おもむろにお宮が大好きなボンボンの袋を取り出して置いた拍子に袋からキャンディがこぼれ出るという、貫一のお宮を思う気持ちの繊細な描写は胸が熱くなるほど切ない。
昨晩は、お宮のお父さんが貫一に、いいなずけを反故にして、お宮を御曹司のもとへと嫁がせることを打ち明ける場面(どきどき手に汗をにぎる)で終わった。
文章の描写も美しく、今読んでも新鮮で、ぐいぐい引き込まれる。
続きが楽しみだ。

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by cinnamonspice | 2015-09-16 02:06 | Comments(0)

暑い夜の空想

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弟小人の誕生日パーティのグディバッグにはありがとうを詰めて。

この夏はLAらしくない蒸し暑い日が続いている。
ハワイにいたときは、来客があったときクッキーを器に出していると、すぐに湿気てしまって出すタイミングに悩まされたけれど、LAに来て乾燥したここでは、いつまでもお菓子もおせんべいも湿気ないのに驚いた。
そんなさらりとしたLAの夏が魅力だったのに、この夏は湿気が多い日が続いていつもは夜にはぐんと気温が下がるのにこの一週間ほどは熱帯夜が続いた。
蒸し暑い夜、私たちのアパートの住人たちは涼しい中庭に避難していた。
夜遅くまで、低い人々の話し声が聞こえてくる。
じっとりとまとわりつくような夜の空気にふと、台湾に旅行したときのことを思い出した。
3月だったが、蒸し暑い台湾ではびっくりするほと、夜の町には夜市というマーケットが広がり、昼間と同じくらいいやそれ以上の活気があった。
ガイドさんの話によると、蒸し暑い昼間を避けて台湾の人たちは夜活動するので夜型の生活なのだという。
青みを帯びた蛍光灯や裸電球にぼんやりと浮かび上がる夜市。
歩いていると、そこここからにぎやかな掛け声がかかる。人をよけて歩くほど通行人も多い。
肩をひしめかせて並ぶ屋台の中には、取り締まりの警察が来ると大急ぎで店をたたんでいなくなる怪しげな屋台から正しい屋台までいろいろあって、その怪しげさがまたおもしろかった。
日本と同じく小さな国のアジアらしい人々のこじんまりとしたフットワークのよさが印象的だった。
夜遅くまでその賑わいは続き、その分朝は遅い。
朝粥屋さんは繁盛しているものの、どこかみんな夜の疲れをひきずったようなけだるい空気が漂う。
台湾のそうした夜型の暑い気候ならではの暮らし方が興味深く強く印象に残った。

このところ夏も乾燥して涼しいLAも少しずつ気候が変わりつつあるように思う。
海が近いこのあたりのアパートには、もともとエアコンはついていないことがほとんどだが、近年のこうした蒸し暑い熱の波に対して、小学校などにもエアコンがつける方向になっている。
気候の変化とともに、私たちもただ空を見上げて途方に暮れるだけでなく、自分たちの暮らしも変えて行く必要があるのかもしれない。
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パーティの翌日。子供たちのパーティは、汚れてもよくて片付けも簡単がモットー。
黒いテーブルランナーはチョークボード風の包装紙なので、パーティが終わったらテーブルクロスと一緒にくるくると丸めて片付けられます。


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by cinnamonspice | 2015-09-13 09:56 | Comments(0)