ビスケットの缶

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Happy Halloween

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ハロウィーンの夜はお友達のおうちでハロウィーンパーティへ招いていただきました。
ドレスコードがコスチュームなので、だんなさまは狼、私は赤ずきんに。
だんなさまの唯一のコスチューム(小人のお下がり)の狼に合わせてたので、おばさんの赤ずきんで申し訳ないです。
別の意味で、本当に怖かったりして…
みなさま、楽しいハロウィーンを。

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by cinnamonspice | 2014-10-31 05:23 | まいにちのこと | Comments(0)

origin

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今日はがいこつクッキーでおやつ。
怖いけどかわいいのです。

 週末、小人たちとNHKの「ホットスポット最後の楽園」というTV番組を見た。アフリカの類人猿を特集した番組で、コンゴ川を挟んで暮らすチンパンジーとボノボという猿についての話にとても興味深く感じた。人間と遺伝子的に99%同じチンパンジーは、小さな群れで暮らし、凶暴な一面もありほかの動物に珍しく同じ猿を殺し食べることもあるという。チンパンジーとそっくりな風貌のボノボは大きな群れでみんなで助け合いながら草や実を食べて暮らし、群れの中での男女の地位も同じなのだという。暮らす環境も違うことも影響しているのかもしれないけれど、それぞれ異なる性格を持つ猿のうち、人間は凶暴性のあるチンパンジーから派生して生まれたと考えられている。どちらがいい悪いと一口で言えるものではないけれど、もし、人間がボノボのほうの遺伝子を受け継いでいたら、もしかしたら世界は違ったのかもしれない。そう思うと不思議な気持ちになった。人だって平和に暮らすことができるはずなんじゃないかなと思う。
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by cinnamonspice | 2014-10-30 06:34 | 今日のおやつ | Comments(0)

一人ランチ

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Crate & Barrelの黒板のプレイスマットは、汚れたときはさっと拭けて、トレー代わりにもなって便利なので家族分揃えました。
一人ランチにも便利です。

 私は、家で専業主婦をしている。(正確には本当にささやかな古いものを扱うお店を営んでいる。)私の周りのアメリカ人で専業主婦をしている人は少ない。アメリカ人の夫婦は共働きが普通だと思っていることが多いという。アメリカで暮らしていて、外で働くお母さんと話しているときに、専業主婦に対する評価が低いことを感じる。でも、みんなそれぞれ考えや事情があって、外で働くことと同じく、専業主婦で子育てに専念していることも大きな意味でいえば社会貢献と考えられるのではないかと思う。
 最近、アーティストのお友達が期限付きのお仕事が入って忙しくなったので、時々お子さんを預かっている。小人たちの友達なので、小人たちも喜んで一緒に宿題をやっている。小人が肺炎のときにはそのママさんに弟小人をピックアップしてもらったりして助けていただいたのでお互いさまだと思っている。以前にも、別の普段あまり交流のない働くアメリカ人のママから前日の夜に電話があって、明日だけ、どうにもやりくりがつかないから子供をピックアップしてみていてほしいと言われたときも喜んで引き受けた。私は、小人が肺炎にかかって入院したとき、みんな一人では生きていけないことをしみじみと感じた。誰にというわけではなくて、困っている人がいたら小さなことでも私にできることがあったらお返ししたいと思う。子供を持ってみると今まで以上に、どこかで必ず誰かの力を借りていると感じる。学校のボランティアでは、外で働くお母さんができない時間の仕事は専業主婦のお母さんが引き受けている。社会はそれで成り立っているのだと思う。
 私の母は私が小学2年生のときまで、家にいて、一日24時間、私たちに寄り添ってくれていた。子供がある程度の年になるまでは子育てに専念する、というのが母の子育ての考え方だったからだ。今はそれをありがたく思っている。ある日、母がボランティアで地区のコミュニティーセンターへ働きに行くことになったと言って、私は急に鍵っ子になったときのことを覚えている。洗濯ものをとりこもうと思ってベランダに出たけれど、高くて全然届かなかったことが、自分の無力さと寂しさと入り混じって小さな痛みとなって今も焼きついている。外でお母さんが働くことで、お母さんの大きさを知る、子供が学ぶことも大きいのだと思う。だから働くお母さんと専業主婦のどちらが正しいということはない。どちらが上でも下でもなくて、お互いに尊敬しあえるべきだと思う。
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by cinnamonspice | 2014-10-30 05:02 | Comments(4)

はじまり

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 1歳のベビーちゃんのお誕生日パーティに行った。ピンクの風船、名前にちなんだ水色で統一したデコレーション、空を駆ける七色のたてがみのユニコーンのピニャータ。たくさん用意してくださった甘いハロウィーンのお菓子の甘い香りがお祭りの綿菓子のようにふわふわの女の子の世界に溶けこんだ。
 赤ちゃんの瞳はどうしてこんなに澄んでいるのだろう。パーティガールの赤ちゃんの透き通った瞳をのぞいたら、小人たちのベビーの記憶がよみがえった。ハワイで小人を出産したあと、だんなさまのご両親を空港で見送ったときの心細さ。明日から、本当に自分たちだけで、アメリカの地でこの子を育てていかないといけないんだと思ったら、急に心細くなった。ちゃんと二人でやっていけるか不安な気持ちを義母に打ち明けると、「大丈夫よ。」と言ったお義母さんの目も同じように赤かった。搭乗口へと向かう義父母の後姿が涙でかすんだ。私はきちんと母親として育てていけるのだろうか。この子を守ってあげられるのだろうか。二人だけのときは海外生活も何も怖くなかったのに、あのときほど自分が頼りなくいろんなことが不安に感じたことはなかった。今思い出しても、目の奥が熱くなる。あれから10年たっても私はまだ頼りないお母さんだけど、少しは強くなれたかな。私の母親としての一歩、原点に還る気がした。
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by cinnamonspice | 2014-10-28 12:43 | まいにちのこと | Comments(0)

album

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子供たちが大好きなハロウィーンのグミ。
よく見ると結構怖い。

 週末、いつもより少し早くクリスマスカードのオーダーをすませた。早く申し込むと割引があって費用を抑えることができるし、これからの忙しい時期にあせらないですむ。オーダーを終えて、肩からひとつ大きな荷物が下りたように感じた。
 クリスマスカード用の写真を選ぼうと、この数日間アルバムを開いて一年を振り返った。どの写真も今年一年のことなのに、ずいぶん昔のことのように思える。写真で振り返ってみると、本当に家族みんなよく笑っている。実際には笑ってばかりの毎日ではなかったけれど、写真の中の家族の笑顔にふつふつと幸せな気持ちになった。写真を一枚一枚見ているうちに、こんなにたくさんある写真の中で、、弟小人がきちんと写っている写真が少ないことに気がついた。特に、家族で一緒に撮った写真ではほとんどなかった。葛藤の3年生にいる彼は、カメラを向けると、いつも変な顔をしたりわざとむくれたりしている。改めて、そうか、そういう時なのだと感じた。泣いてかんしゃくを起こしたりするのは、甘えたい気持ちの裏返しなんだと思う。素直になりたいのになれない。やらなければならないこともわかっているけれど、やりたくない。伝えたいのに伝えられない。少年への一歩はとても険しい。変な顔ばかりの弟小人の今年の写真一枚一枚も、家族の歴史なのだと思った。いつかきっと彼自身振り返って笑う日が来るのだと。

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by cinnamonspice | 2014-10-28 05:09 | こども | Comments(0)

伝えたいこと

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小人のベッドに大きなアメリカの地図を飾りました。
この地図は、以前、私の母から、「アメリカのできるだけ大きな地図を送って、」と頼まれて買ったものの、事情があって別のものを送ってそのままになっていたものでした。
自分たちが住んでいる町、これまで行った場所に、小人たちが歓声をあげながらピンで印を付けました。

 弟小人はいろんな葛藤の3年生の真ん中にいる。一言で言えば、反抗期というものなのかもしれない。生意気な口をきくけれど、どんなときも私が両手を広げると、もじもじしながらもハグをしにくる。少年への一歩とその後ろのこれまでいた甘い世界との葛藤。時々、自分でもわけがわからなくなって大きな声を上げて泣く。本当によく泣く。
「言いたいけれどうまく伝えられない、一番歯がゆいのは彼自身なんだよ。」
とだんなさまが言う。
 少し前に、弟小人が約束を守らないことがあった。弟小人に、約束は守るもので、できない約束はしてはいけないのだと、話したもののまったく心に響かない。ならばと、その日の夜、おやすみ前の読み聞かせで、太宰治の「走れメロス」を読んだ。しかし、肝心の弟小人は最初の3行で撃沈。(いつも彼はおやすみの読み聞かせは3行以上起きていられない。)
 「ちょっと遅れて来い、」と耳打ちする残虐な王。黒い風となって走るメロスとともに、読者の私たちもぜいぜい、息があがる。スピード感のある文章に小人はぐんぐん引き込まれていった。約束は命がけで守るということ、友達を信じるということ。ところどころ難しい言葉は私が説明しながら、小人は最後まで物語を楽しんだ。
 
 先週のことだった。弟小人が分厚いReadingの本から“Damon and Phythias”という物語を音読する宿題を持って帰ってきた。弟小人が最初の数行を読んだとき、古い時代の物語なので弟小人が物語の世界に入るきっかけになればと、
「『走れメロス』のお話と時代が似ているね。」
と話しかけた。弟小人は黙々と読み続ける。隣で小人が
「そうだね。」
と耳をそばだてて物語を聞いている。しばらく読んでいるうちに小人が、
「これ『走れメロス』のお話だね!」
と、目をきらきら輝かせて言った。つい先日読んだばかりだっただけに小人とともに不思議な偶然に驚いた。細かいところの設定が異なるところもあったけれど、読み比べてみると改めて太宰治の文章の切れやスピードに恐れ入った。
 約束の重さ、友情とは。さて、弟小人は何かを感じてくれたかな。3年生だからこそ読んでほしいし、3年生だからこそ難しいのかもしれない。
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この夏旅行したブライスキャニオン、ザイオン、ラスベガス、遠くまで行ったと思っていたけれど、大きなアメリカの左のほんの小さなエリアでしかないということに、アメリカの大きさを知りました。
自分の位置を知るというのも大切なことかもしれません。

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by cinnamonspice | 2014-10-24 04:22 | こども | Comments(4)

週末の朝

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エッグズベネディクトはとろとろの卵とレモンの香りがアクセントになってさわやか。
ふわふわのバナナパンケーキは、パンケーキの中にたっぷり入ったバナナの甘い香りが広がります。

気がついたら10月も終わりが近づいている。週末は小人たちのサッカーの試合と、サッカーリーグのの写真撮影、小人たちのハロウィーンのコスチューム作りと駆け抜けるように過ぎていった。日曜日はサッカーの写真撮影の合間を縫って、サッカー少年たちを連れて久しぶりに朝ごはんを食べに近所のカフェに出かけた。小人たちが赤ちゃんや小さいころはよくこんな風に週末朝ごはんを食べに出かけていたけれど、小人たちが日本語の補習校が始まってから、そんな優雅な朝はなくなっていた。空を仰ぐと秋の朝の空気はどこまでも澄んでいて、LAでも朝は寒くてジャケットが必要になってきた。寒い寒いといいながら、熱々のコーヒーを飲む。だんなさまはEggs Benedict、私はふわふわのBanana Pancakeをほおばった。サッカー少年たちもいつの間にか、一人分食べれるようになっている。久しぶりの外で食べる朝ごはんに忙しい10月をひと呼吸した。
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by cinnamonspice | 2014-10-23 04:13 | まいにちのこと | Comments(0)

日々の営みと宇宙

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大人用(マスターバスルーム)のハンドソープ。
Kerrの壜の入れ物に惹かれて手にとりました。香りもなかなかいいです。
中身がなくなったら、ほかのソープを入れ替えて使おうと思います。

毎日の営みは衛星の周期ににている。
一年で一周回る衛星は、月が太陽のまわりをまわるように、くるくる回りながらも、その軌道は少しずつずれている。
春、夏、秋、冬、日々の営みは同じようだけど、去年の一周と、ことしの一周は違う。
その一周ごとに、小人たちは心も体も一回り大きくなっていく。

だんなさまが私を見て言った。
「あれ?小さくなった?」
私が小さくなったのではなくて、小人たちが大きくなっているからかな。
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ソープいろいろ。
左から、リビングに近いバスルーム用のハンドソープはMethodのレモンフォーミングソープ。
ここのバスルームは子供が使うことが多いので、泡立てるのが下手な子供用に泡立つソープを置いています。
真ん中、ランドリー用のMethodのりんごの香りの洗濯洗剤。
右、Methodのりんごの香りのハンドソープ。
りんごのジューシーな香りは秋限定のものだそう。食器洗剤もこのシリーズを使っています。
秋はりんごやシナモン、バニラの香り。
アメリカにいると、アメリカ人は季節ごとの香りを大切にしていると感じます。
ハンドソープや食器洗剤など小さなことだけど、好きな香りが近くにあるだけで、心もほっとくつろぎます。

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by cinnamonspice | 2014-10-19 04:28 | すきなもの | Comments(2)

夕焼け小焼け

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 すとん、とあっけないくらい突然に秋がきた。きまぐれな女の子みたいに、突然転がり込んできて、当然のような顔をしている。
 木の枝で木の葉は風にたよりなくゆれ、真っ赤な夕焼けは童謡の「赤とんぼ」の歌そのままに秋そのもの。小人のサッカーの練習に付合っているうちに、夕焼けは夜空に変わり、ぽっかりと月が浮かんでいた。小人たちは、学校で、「紅葉」の歌と「夕焼け小焼け」の歌をそれぞれ習っている。お風呂場から弟小人が鼻歌交じりに歌う「夕焼け小焼け」が聞こえてくる。小さいころ、母と父を迎えに行って、家までの急な坂道を手をつないで「夕焼け小焼けを」歌いながら上ったことを思い出す。あのときの、夕焼け、父のかばんの重み、母の手あれの手のぬくもり。あのころは永遠に続くと想っていた夕焼け空の思い出に思わず目が熱くなる。秋の歌は、日本人の心の琴線に触れるのかもしれない。秋は日本のことを想う。
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by cinnamonspice | 2014-10-16 02:16 | 今日のおやつ | Comments(0)

スピリチュアルなお話

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煙突からティシューの煙が上がるおうちの形のティシューボックスケース。
ティシューボックスのデザインがずっと気になっていたので、すっきりしました。

 週末、お友達夫妻のアニバーサリーで、お子さんたちを預かった。「ゆっくりしてね、」と伝えてあったけれど、予想外に早くお迎えに帰ってきたお友達夫妻をコーヒーでも、と引き留めた。

 いろんな話をしているうちにひょんなことから、スピリチュアルな話になった。お友達夫妻はこれまで何度かサイキックな人に見てもらったことがあるのだという。
何かが見える、という人がいるのだと。
小人が二年前、肺炎(おそらく気胸)で入院して、ICUで人工呼吸器をつけていてもなお呼吸が安定しなかったとき、ふいに、夜中、
「ママ、僕のあたまに誰かいる?」
と、聞いたことがあった。誰もいないと伝えると、とても安心したように眠りについた。もしかしたらあの時、彼には何かが見えていたのかもしれない。(それぐらいしんどいときだった。)また、私の姉はそういうものをよく見る人で、お墓参りや修学旅行などへいくと何かを連れてかえってしまうらしく、夜、枕元に白い着物の女の人や窓(二階の部屋にもかかわらず)から女の子が悲しそうに見ていたとか朝話すことがあった。でも、私自身はそういう能力はなくて、同じ部屋、同じ空間にいてもそういうものを見たことがない。(こういう告白は、そういうものを見た人と同じくらい、見なかった人も想像を膨らませてしまうから怖い。)
 私のまわりには、それぞれ違う人だけど、サイキックな人に見てもらったり、前世をみてもらったという人が何人もいる。つい先日、別の友人がグループセッションに参加するという話をしていた。うちはだんなさまはまったくそういうことを信じない人なので、そういう人に見てもらったことはない。私はこれという理由もないけれど、見てもらったことがないのは、きっとこれまでそういう力が必要になったことがないのだと思う。母や、ずいぶん前だけど亡くなった祖母が私にとってのサイキックな人なのかもしれない。
 お友達によると、以前、「あなたたち夫婦は前世が海の生き物同士なのよ、」と言った人はちょっと怪しかったけれど、まだ何も話していないのに、「(3ヶ月前に亡くしたばかりの)おばあさんが後ろにいて見守ってますよ。」といわれたときは涙が出た、ともはなしていた。その気持ちはすごくわかるような気がした。でも、その一方で、お友達の友人は、「3年以内に、あなたのお父さんが亡くなりますよ。」なんて、言われてどうしようと思ったたけれど、5年たってもぴんぴんしていると話していたのだという。確かに、ある人にはカフェやレストランにいるときに、体の半分しか見えない人がいて、そういう人は数年のうちに亡くなるなんていうことが見えてしまう力がある人もいるのだとか。でも、お友達はそういう話を聞いて、最近はちょっとサイキック自体から遠ざかっているのだという。
 私個人の考えでは、誰かがいつに亡くなるとか、不幸がいついつありますよ、なんて誰かを脅かすような、もしくは怖がらせるようなことを軽々しく言うのは本物(プロ)の人がすることではないのではないかなと思う。信じる信じないは別として、私は、サイキックの人に見てもらうというのは、結局、見てもらったあと、依頼者の心が軽くなればそれが大切なのではないかなと思った。
 それにしても不思議なのだけど、どうもこういうお話は女の人が好きな傾向が多いような気がするのは、何か心理学的に理由があるのかな。
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by cinnamonspice | 2014-10-14 04:02 | おかいもの | Comments(2)