ビスケットの缶

カテゴリ:本( 69 )

バウキスとピレモン

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お正月にも作ったなかしましほさんのレシピの抹茶ババロア、おいしかったのでまた作ってみました。

昨日読んだギリシャ神話にこんなお話がありました。「バウキスとピレモン」というお話で、あるときジュピターとマーキュリーの二人の神様は人間の姿で旅をしていて、疲れてある村で一晩泊めてほしいと一軒ずつ家々を回って行きます。しかし、不親切な村の人々は誰も二人を泊めてくれません。最後にとても貧しい家を訪ねると、その家のバウキスというおばあさんとピレモンというおじいさんが二人を暖かく迎え入れてくれました。とても貧しい暮らしなのに、おじいさんとおばあさんは神様とは知らず旅人の二人にできる限りの心をこめたもてなしをします。手を洗うために温かなお湯を張って、庭で野菜を取ってきて天井に吊るしたベーコンを一切れ切ってシチューを作ります。食べる前にはいい香りのする香草でテーブルを拭いたり、そのもてなしの描写は質素だけれど、読んでいる私たちも幸せな気持ちになるような温かなものでした。最後に神様はバウキスとピレモンを連れて高い丘に行き、迎えてくれなかった村人たちに罰を与えると言って村を湖に沈めてしまいます。(こういう神様が少々手荒いところがギリシャ神話っぽい。)バウキスとピレモンの家だけが残りそこに神殿を建てました。そして、おじいさんとおばあさんに二人の願いを聞きます。二人は、この神殿でお坊さんになって神殿を守るといい、最後は二人仲良く暮らしてきたから、死ぬときも同じときに死にたい、と神様伝えます。神様は二人の願いを聞き、二人はよぼよぼに歳をとってある日話をしていると、体から木の葉が芽をだしてきます。そして木の葉の冠が頭を覆い、二人はものが言えるうちに、
「さようなら、おばあさん」
「さようなら、おじいさん」
と言い終わると木の皮が二人の口を覆いました。
それ以来その二人はボダイジュとかしの木になって立っているというおはなしでした。

「さようなら、おばあさん」
「さようなら、おじいさん」
命が尽きるとき、そう言い合って、一緒に最後を迎えられたら、とてもすてきだと思いました。
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by cinnamonspice | 2017-01-21 14:12 | | Comments(0)

読書とクリスマスソング

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Starbucksのクリスマスアルバムの曲が流れるなか、小人は街づくり、モカはブランケットにくるまって丸くなってぐうぐう寝息を立てている。
平和なクリスマスシーズンの午後。

読みかけていた夏目漱石の「坊ちゃん」を読み終えた。
正直で正義感が強く、竹を割ったようにまっすぐで、すぐかっと火がついて行動してしまう坊ちゃんは、田舎で英語教師として勤めていた夏目漱石の姿と重なる。
でも、それは私が学生のころに持っていた夏目漱石のイメージとは違っていた。
少しずつこのところ続けて夏目漱石の作品を読むうちに夏目漱石像が見えてきた。
ちょっと神経質で偏屈で、でも、人間味があるすがたはなんだか親近感がわく。

主人公は教師として赴任した田舎でいろんな騒動に巻き込まれながら、最後は島を後にする。
学校を辞め帰ってきた主人公を、東京にいた清さん(坊ちゃんを育てた下女)は涙をぽろぽろこぼして迎える。
「よく早く帰って来てくださった。」
なにがあってもあたたかく迎えてくれる。胸がいっぱいになった。
私も清さんのようなおばあさんになりたい。
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Lego, Mine Craft, シムシティ、小人は小さいころから街づくりが好きでいろいろなもので町を作っている。
今は紙で作る街づくりに夢中。

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by cinnamonspice | 2015-12-06 05:49 | | Comments(0)

吾輩は猫である

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くるみパンをマスカルポーネチーズとメープルシロップでいただく。シアワセ。

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

有名な書き出しのその続きを知らなくて(昔、中学生くらいで手に取って、途中でやめてしまった)、今読んでいる。
猫の目線が今なお新鮮で生き生きと感じる。
主人公の猫は仔猫のうちに親から引き離され捨てられる。ちょっと切ない場面からはじまる。
お腹を空かせて、苦沙弥先生の家のお勝手に忍び込むけれど、入り込むたびに何度も何度もお手伝いさんに外に放り出される。
いじらしくも健気で、愛嬌があって憎め無い、読みすすめるうちに、猫は飼ったことが無いけれど飼ってみたいと思えてくる。
飼い主の先生が、家族には勤勉家と思われているけれど実は書斎にこもっては読みかけの本の上によだれを垂らして昼寝している姿を見て、教師とは実に楽なものだと評してみたり、歯に絹着せず淡々とした語り口調がいい。
近所の美人猫の三毛子、車屋の家のべらんめえ口調の黒猫の黒との猫世界の交流だけでなく、先生の家にやってくる人々も実に面白い。
先生宅に好きな時にずかずかと入ってきてはホラ話ばかりする噺家のような迷亭、友人たちと朗読会を開催し船頭役や金色夜叉のお宮役をする詩人の東風、実業家の娘と思いを通わせそれがきっかけでひと騒動ある理学部学生の寒月(彼は「首くくりの力学」やら「蛙の目玉の電動作用」に関する研究など不思議な研究に真剣に取り組んでいる)、苦沙弥の妻…。
そうした人間模様を低い猫の目線からゆるゆると描きつつ、時にネズミと対決してみたり、近所を探偵してみたり、カマキリやセミをとって猫的運動をしてみたり、人間界と猫世界の行き来が興味深い。

読んでいる私は、時にクスクスと笑いが堪えきれず漏れて、小人に訝しがられている。
短編と勝手に思い込んでいたら予想外の長編で、猫の話だと思ったらそうでもなく、子供向きかと思えば子供には難しく、夏目漱石の他の作品とはだいぶ異なる飄々とした語り口(処女小説なのですね。)、いろいろな部分でいい意味で裏切られる楽しい作品に夢中になって読んでいる。

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by cinnamonspice | 2015-09-28 11:35 | | Comments(2)

儚さ

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引き続き金色夜叉を読んでいる。
(金色夜叉は前編、中編、後編、続金色夜叉、続続金色夜叉、新続金色夜叉という6編からなって、想像よりも長いことを知った。また作者が亡くなったため、未完である。)
さて、話は、熱海の浜辺で貫一青年が裏切られた、とお宮を蹴って、前編は衝撃的なラストを迎える。
(時代背景を考えても、想像以上に思い切りで流血するほどには驚いた。)
中篇からその後4年後の二人が描かれる。
行方をくらまし、人が変わったように高利貸しとなった貫一。
胸のうちにくすぶる貫一への想いを抱えて(生まれた子供とも死別して)富山夫人として暮らすお宮。
偶然にも、冷酷にもともいうべきか、二人を運命の糸が再び再会という形でたぐりよせる。
その後、貫一は旧友と再会もするものの、お宮との再会がさらに貫一を冷徹な高利貸しの役へとかりたてる。
どこまでも、悪魔のようになって自分を貶めることで自分を責め生きる貫一、変わり果てた貫一との4年ぶりの再会にさらに胸を痛めるお宮。
それぞれ地獄のようなところで生きている。
ある瞬間の判断ひとつで、人生が変わってしまうことがある。
誰もがそんな瞬間を重ねて生きているのかもしれない。
誰が正しくて、誰が間違っているのではなくて、人の悲しみと愛を描いている。

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by cinnamonspice | 2015-09-20 02:10 | | Comments(2)

雨降りと読書

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この冬はあたたかくて雨もほとんど降らなかった。
この一週間、時計を巻き戻したみたいに冬の終わりのような天気が続いている。
肌寒く、風も冷たく、久しぶりに雨が降った。
深刻な干ばつのカリフォルニアには恵みの雨だ。
足元から冷え込んで急に昼間も緑茶が恋しくなり、たい焼きをはふはふ言いながら頬張る。

ことしはLAでは3月ころに30度を超える夏日が続いたり、季節が乱れている。
世界中で大きな地震があって、火山の噴火があって、異常気象が続いている。
もちろんそれは昔からの自然の営みや気候の変化もあるけれど、私が子供のころを思うと何かがおかしいと思う。

雨の日が続いて、遠藤周作の「砂の城」を読んだ。
予想外にさわやかな青春小説。
さわやかだけで終わらないラストが印象的だった。
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by cinnamonspice | 2015-05-17 04:22 | | Comments(0)

楽しいをみつける

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私が夢中になっているのは豆餅あんぱん。
でも、たまごが好きな王さまではなくて、
豆餅あんぱんが大好きなお母さんのお話ではごろが悪いですね。

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豆パンの中に大福が入ったような感じです。

“どこかにいるかもしれないし、いないかもしれない、王さまの話です。”

“べんきょうが大きらいで、あそびが大すきな、王さまの話です。”

“たまごのすきな王さまの話をつづけましょう。”

こんな書き出しで始まる、ぼくは王さまシリーズのお話が弟小人が今夢中になっている本です。
こんな楽しい書き出しに、私も子供のころ、夢中になって読みました。
たまごとチョコレートが大好きで、注射がきらいで、わがままでいばりやで、ほしがりやでわすれんぼう。
どこかの誰かに似てませんか。
弟小人は自分と重ねるのか、そんな王さまの話が大好きです。
王さまがわがままを言えば笑い、王さまが失敗すれば笑い、大臣を困らせれば笑い、やりたい放題の王さまに声を上げて笑うほど。
おやすみの本も、ほかの本だと2行で眠ってしまうのに、王さまの話だと眠りません。
もっともっと、とせがむほど。

子供は素直、おもしろくないお話にはそっぽを向くし、弟小人の場合は眠ってしまう。
そういえば、以前にお友達から言われた言葉を思い出しました。
王さまと同じく学校の勉強も好きじゃない弟小人のことを話したら、
「それっておもしろくないからじゃない?」
と言われたのでした。
本も勉強も、おもしろい、に出会うことが大きな鍵なのですね。
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by cinnamonspice | 2015-04-19 10:45 | | Comments(2)

ママの本、小人の本

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病院からいただいた手術のしおりの当日の持ち物に"good book"と書かれていた(こういう心遣いがあたたかい)ので持っていった。
経験上、旅や病院には長い(重くて暗いテーマの)小説は向かないと思う。

小人たちの春休みが始まった。
小人が見たいと言った映画を二つ見た。
「Song of the Sea」
「Maleficent」
「Song of the Sea」は、ケルトの古代神話にふれた小さな兄妹のお話で、切ない物語に泣き虫なおにいちゃんはもとより(私も)、弟小人も思わず泣いてしまったと言っていた。
「Maleficent」は、眠りの森の美女の物語の魔女の話とは聞いていたけれど、その悪い魔女となる悲しい背景や、オーロラ姫に対する憎しみから母性(愛情)へと変わっていくマレフィセントの心の動きに胸がいっぱいになった。(私も含め悪役好きにはたまらない作品)アンジェリーナジョリーの人間離れした美しさと強さが印象的だった。
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小人が読んでいる本。
学校のブックフェアで、「ふくろうの表紙がかわいい」と私がつぶやいていたのを覚えていたらしい。
Newbery Medal Award Winner Book

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by cinnamonspice | 2015-03-22 15:01 |

読書のスイッチ

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お友達に教えてもらったCarmela Ice Cream。
中でも、大好きなのはLavender Honeyと、Earl Grey Teaのフレイバー。
どちらかひとつではなくて、このセットが特においしく感じます。
最近では、ラベンダーの香りをかぐと、おいしそうと思うほど、一度食べると忘れられない味。
今週のお友達のおうちでのランチのデザートに持っていく予定。

本を読んでいると、小人がやってきて、
「何を読んでいるの?」
と、尋ねた。本をあまり読まない小人が本に興味を持ってくれた。しめた、と思った。先日読んだトルーマン・カポーティの短編集から何編か、村上春樹が訳をしたものが日本から届いたので、それをあらためて日本語で読みなおしていた。そのときは、小人と同じくらいの年の少年が主人公の「感謝祭の客」という話について簡単にあらすじを話して聞かせた。
「今日の夜は、ママの読んでいる本から、お話を読もうか。」
小人たちに聞かせるのにちょうど、いいお話があった。甘すぎてもいけないし、悲しすぎてもいけない。「クリスマスの思い出」というお話を読んだ。主人公の7歳の少年(おそらくカポーティの少年時代に重なる)とスックという年の離れた60歳くらいのおばあさんとの甘いクリスマスの思い出のお話だ。二人の交流がランプの明かり越しに見る景色のようにとてもあたたかくそしてまぶしく、そのまぶしさに胸がぐっと掴まれるすてきなお話だ。小人たちも真剣に耳を傾けてくれた。とくにリスのフライのご馳走のくだりには、小人たちも興味津々だった。自分たちで切り出してきたもみの木に飾りつけをするシーン、クリスマスの朝、家族を起こすのにスックがわざとやかんを落としたり(!)、少年がみんなの部屋の前でタップダンスをするシーンにも目をきらきらさせていた。子供向けの本だけが子供の本じゃないのかもしれない。何が小人たちの読書のスイッチを入れてくれるか、わからないのだから。
+++
個人的には「あるクリスマス」というお話がとても好きです。
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お店のマークもかわいいのです。

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by cinnamonspice | 2014-09-23 14:55 | | Comments(0)

はてしない物語

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暑い日が続いたのでおやつにコーヒーゼリーを作りました。

 おやすみの本に小人たちと『モモ』を読み終えて、今は『はてしない物語』を読んでいる。私も小学生か中学生のころに読んだように思うけれど、すっかり忘れてしまっているので、小人たちに読み聞かせながら本の中のひとつひとつの出来事が新鮮に感じる。思い出すのは当時は、「虚無」の存在を理解するのが難しかったということだ。
 物語はこんな風に始まる。10歳のバスチアンという少年(小人と同い年!)は、いじめっ子の友達から逃げ込んだ古本屋で、気難しい店主と出会う。店主から逃げ込んできた理由を聞かれて話すうち、バスチアン少年はスポーツもできないし、弱虫で、臆病のいじめられっ子で、頭もよくないし、店主から全然取り得がないと言われてしまう。(ここで思わず小人たちと笑ってしまったが、よりいっそうバスチアン少年に共感した。)しかも、彼はお母さんを亡くし、それ以来お父さんの心も失くしてしまっていた。その彼が店主が読んでいた『はてしない物語』の本に心から惹かれ、ついに盗んでしまう。そして、こっそり読み始めた本の中のファンタージエンという国では、その国のお姫様の不可解な病気と『虚無』という現象に、バスチアンと同じ10歳くらいのアトレーユという少年が勇士として選ばれ旅を始める。
 そして、今日読んだのはアトレーユが『憂いの沼』を旅するところだった。アトレーユはここで愛馬アルタクスと悲しい別れをする。(読みながら、私も思わず目頭が熱くなる。小人は枕に顔を伏せていた。)その後、アトレーユは一人でモーラというおじいさんカメに出会う。このモーラが私はとても興味深かった。ずっと一人きりのあまり自分に向かって、「ばあさんや、」と話しかけるモーラ。(モーラの台詞は思い切りおじいさん声で読む。)
「どうして死んではいかんのかね?」
「何もかも、環になってぐるぐるめぐっておる。」
生きることも死ぬことも同じ、どうでもいいこと、と話すモーラの言葉は深い。小人はモーラが自分に「ばあさんや、どう思う?」と相談するところや、きまぐれなおじいさんぶりが面白いらしく、くすくす笑っていたけれど、年を重ねた私は『生』をもとめる少年や彼の正義感も、モーラの枯れた気持ちも、どちらの気持ちもわかるように思えて二人の会話にしみじみとした。
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by cinnamonspice | 2014-07-15 15:59 | | Comments(5)

男子化

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私は、男か女かといわれると、男だと思う。
家の中に3人の男性たちがいるけれど私が一番男らしい気がするし、夫婦も男女逆で、きめ細やかにいろんなことに気がつき、のんびり丁寧なだんなさまはどちらかというと女性的だと思う。

学生のころから、好んで読むのは男性作家の小説ばかり。たまに女性の作家のものも読むけれど、繰り返し読むのは、しっくりと心になじむ男性の作家のものだ。だめな男性の主人公に弱い。(自分と重なる。)
最近は雑誌の好みも男化しつつある。男性の家のインテリアは、一見がらくたのようで、宝箱のように夢や物語が詰まっていておもしろい。隅々までじっくり眺めてしまう。最近読んだ、この2冊も読み応えがあった。
このまま男子化が進んでいきそうな予感がする。
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by cinnamonspice | 2014-07-14 13:48 | | Comments(0)