ビスケットの缶

苦しみの底に見たもの

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誕生日には3年越しで悩んでいたスタンドミキサーをプレゼントしてもらいました。
さっそくパン生地を捏ねてもらって、ブレッドスティックを焼いておやつにしました。


弟小人のミッションをたずねたとき、ミッション内のミュージアムに一冊のぼろぼろになった染みだらけの小さな聖書が飾られていました。聖書の隣のタグには、
“The Donner Partyの生存者のBreen家の聖書”
と、書かれていました。
その小さな聖書と“survivor”という文字が気になって、その後調べて、初めてThe Donner Partyという悲劇のことを知りました。
The Donner Partyというのは、1946年にドナーという人がリーダーになった、西部開拓者の隊の名前で、彼らは、Donner家、Reed家をはじめとするいくつかの家族が隊になって家財をはたいて用意した幌馬車で家畜を連れて西部を目指します。でも途中近道をしようと選んだ道が悪路だったために予定よりも日数がかかり、さらに天候などの不運も重なり、翌年1947年春に救出されるまで予定外の越冬をSierra Nevadaですることになった結果悲劇が起こります。



とてつもない雪に阻まれ、幌馬車は進むことができず、山の中の粗末なキャビンに足止めになります。
彼らは、寒さと飢えに苦しみ、つれて来た牛や馬などは次々と弱って死に、その家畜も食べつくし、その骨を何度もスープにして砕けるまでとり、それでも食べるものがなくなると、たまにクマをしとめて食べるもののそれもあっというまに食べ尽くし、ひもじさから牛の皮を食べたり、最後には亡くなった仲間を食べるところまで行き着きます。
あまりの飢えから、助けを求めに雪深い山越えを試みた男達も途中力尽き、この中からくじをして誰かが自分の体を食料として捧げるべきだ、という意見が出されるようになります。やがて気が狂って亡くなる人が出て、その人を食べてしまいます。それをきっかけに、救出されるまでに何人かの亡くなった仲間を食べる結果となりました。
身内が身内を食べることがないように取り計らった、という記述には胸が痛むのを通り過ぎて言葉を見つからない悲痛な思いがしました。
その間、盗みや欺きや裏切り、子供や親との別れ、さまざまな悲しい出来事が隊を襲います。
弱った子供をこれ以上連れて行くことができず置いていく選択をした家族もいました。
救助隊と戻ったときには動物に食べられた子供の亡骸が残っていたとも。

87人いた隊のうち48人が翌年の春になって助けられました。
そんな地獄のような世界を見た生存者が最後まで持っていた聖書。
彼らは粗末なキャビンで苦しみの底どんな思いで聖書と向き合ったのでしょうか。
その生存者のひとつの家族が弟小人のミッションに身を寄せたとのことでした。
すべてを失った彼らをミッションは受け入れてしばらくの間住まわせたといいます。
その後彼らはそのあたりで小さなホテルを営んで暮らしたとのことでした。

彼らの経験した苦しみはあまりにも深く、経験した彼らにしかわからないものでしょうけれど、その事件のことを読みながら想像せずにはいられません。
あの小さな聖書に向き合う時間は、凍てつく寒さ、恐怖、悲しみ、怒り、絶望からほんの一瞬救ってくれたのかもしれません。
ぼろぼろに擦り切れた聖書のことが今も目に焼きついています。
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by cinnamonspice | 2016-02-14 02:43 | おかいもの | Comments(4)
Commented by ake at 2016-02-14 22:22 x
chemi改め akeです。
 以前主人からThe Donner Partyの事を聞きました。ドライブ中にそこを通ったときだったのかな?あの時はあっという間に通り過ぎたような気がしたけれど… 今では車でスイスイ越えていける所も、昔は苦労して命がけの移動だったのですよね、雪道であれば尚更。
あのような状況を想像すら出来ませんが、今私が直面する様々な苦労は、そのような出来事に比べると、なんでもない事なんだなーと考えます。 目の前の事でアップアップする日々だけれど、振り返れば何てことなかったりする日々。 もう少し心をリラックスする術を身に着けたいなーと感じます。
Commented by yoshiko at 2016-02-15 22:07 x
余りに衝撃的な史実、全く知りませんでした。
でも生き延びた人にとって、小さな聖書はまさに「信仰」の証であり唯一の心の支えだったのでしょうね。とても気になってアメリカサイトで検索、当時の日記の画像も見つけ、食い入るように拝見しました。
今から二十年近くも前、地元の小さな教会で、福音館書店の松居直さんの講演会がありました。その時、「考えられないほど、厳しく辛い冬を過ごした一家の物語と言えば、皆さん、何を思い出しますか?」という問いかけが。
咄嗟に大草原の小さな家シリーズの「長い冬」が心に浮かびました。
歴史的な大寒波に丸々ひと冬閉じ込められ、いかにして生き延びたかというローラ一家の物語です。お読みになったことはおありでしょうか。
でもDonner Partyは、それと比することもできない、壮絶なものだったのですね。
私の住む街も、ひとたび寒波が来れば、ただただ家に閉じこもるしかない暮らしを余儀なくされ、車庫から車を出すだけでも大仕事。無事帰宅できた時は信仰等持たない私ですら、「神様、ありがとうございます。」と。
なので、今回のこのcinnamonさんのストーリーは、本当に心に深く残りました。ありがとう。
Commented by cinnamonspice at 2016-02-17 03:45
+akeさん+
akeさん、こんにちは。
The Donner Partyのキャビンがあった場所を通られたのでしょうか。
今でも保存されているみたいですね。
ご主人はご存知だったのですね。(カリフォルニアの人には有名なお話なのでしょうか。)
当時は命がけだった道が今は車で通れるようになっているのですね。
暑さと寒さ、飢えや渇きと戦いながら、厳しい自然の中を馬で行った当時の人々の苦労は私たちには想像もつきませんね。
確かにそんなとてつもない苦労を思うと、akeさんのおっしゃるとおり、日々の苦労と思っている出来事も本当に小さなことに思えますね。家族と寄り添って健康に暮らせることはとても大きな幸せなのですよね。当たり前のことを改めて昔の人から教わりますね。毎日に感謝して、肩の力を抜いて暮らしたいですね。
Commented by cinnamonspice at 2016-02-17 04:21
+ yoshiko さん+
こんにちは。
こんなとてつもない苦労をされた人々がいたことは、歴史の中にうずもれて、なかなか知られていませんよね。私も今回、カリフォルニアミッションのことを調べていて知ってあまりの出来事に本当に心の整理もつかないほどショックを受けました。
Breenさんは日記をつけていたのですよね。そのとき書かれた言葉は、もっとインパクトがありますね。
大草原の小さな家シリーズのお話は、小学生くらいのときに読んだ記憶がうっすらありますが、覚えているのは楽しいシーンの記憶ばかりで(お料理のシーンや町に買い物に行ったシーンなど)、冬のシーンを残念ながら覚えていないです。同じように雪に閉じ込められてしまうのですね。いつやむともわからないブリザートや、しんしんと降り積もる雪の中に閉じ込められるのはとても怖いですよね。
Donner Partyの場合は、以前そこを通った人が仮設で作った本当に粗末なキャビンで、中にはドアもないようなキャビンもあったみたいですね。
yoshiko さんのお住まいのあたりも、雪が深いところなのですね。
自然の前に人は本当になすすべもないですね。
Donner Partyの生存者の人々にとって、信仰がどれだけ彼らの心を救ったことでしょう。
その彼らの苦労は、今日という日を暮らせることに感謝する気持ちを忘れないようにと教えてくれますね。