ビスケットの缶

チョコレートがけのチェリーの味

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冬は、日の光が家の奥まで届かなくなるので、最近昼間のお茶の時間はキャンドル風のライトをともしてすごしています。
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ちらちらとゆらめく光とほんのり香るバニラの香りに心が静まります。

カポーティの短編集に出てくる人々はとてもつつましく暮らしている。そのつつましさが今の私たちにはとても美しく感じる。少し前に弟小人が借りてきた「大草原の小さな家」を小人たちに読み聞かせていた。そこに出てくる人々もやはりつつましく暮らしている。みんな貧しいのだけど、その暮らしぶりは美しい。幌馬車で旅をしているのに、お母さんはアイロンをかけるのに驚いた。今はコンセントをつなげばすぐにアイロンがかけられるのに、時々それをおっくうに感じる。
 日本のものでも海外のものでも、気がつけば本棚には古い時代の小説ばかりが並んでいる。昔の小説がすきなのは、そういう繊細な色彩やにおいや音のある暮らしにあこがれるからかもしれない。昔の人々は、味覚が鋭いグルメな人のように、貧しい限られた生活の中に楽しみを見つける。空気の揺れさえ感じるように思う。今の私たちはスポイルされて味覚を失っているのかもしれない。
 カポーティの「クリスマスの思い出」の話で、少年バディとおばあさん(年の離れた少年のいとこだが)のスックは、手作りのジャムを売ったり、フルーツの砂糖漬けを売ったり、博物館の出し物をしたり、夏ハエを殺した数で家族からお駄賃をもらったりして、いろんなことでお金を貯める。そうやってつめの先をともすように暮らして貯めたお金から、スックは毎週土曜日に、貴重なためたお金からバディに10セントを渡して、映画を見に行っておいで、と言う。そして、帰ったら見た映画のことを話しておくれ、と。スック自身は映画館で映画を見たこともないし、レストランで食事をしたこともない、化粧品もつけたこともない。いろんなことをしたこともないことがあるスックだけど、雨の中を散歩したり、ハチドリを手なずけてみたりスックは美しいものや楽しいことを知っている。
 クリスマスが近い11月のある日がくると、二人は貯めたお金を床下から取り出して、フルーツケーキ(当時、とてもぜいたくな食べ物だ。)の材料を買って作り友人たちに贈る。人に贈り物をするのは本当に楽しいことだと思う。この話ではいろんな贈り物の話が出てくる。なかでも一番すきなのはクリスマスの贈り物のくだりだ。豪華なクリスマスの飾りは買えないから、バディと一緒にハーシーチョコレートの銀紙で天使を作って飾ったりする。そんな二人は、お互い、スックはバディに自転車を買ってあげられないからと、バディに特別きれいな凧を作る(アメリカでは凧の尻尾に願い事を書いた紙をつけ凧をあげて、その願い事がどこかに飛んでいったら適うと信じられている。)バディもスックが大好きな、チョコレートがけのチェリーたっぷり買って上げられないから、凧を作って贈る。それが二人の毎年の贈り物のならわしだ。そして、二人でそれを揚げに行く。
 少し前に小人たちにこの話を読み聞かせた。二人とも楽しいシーンではくすくす笑いながら、物語を聞いていた。そのあと、小人たちと薬局屋さんに行ったとき、チョコレート売り場に、スックが好きだったチョコレートがけのチェリーが売られていた。想像と違い、ずっと安価な値段で売られていて、少し悲しくなって、一瞬、買って小人たちと食べてみようかと差し出した手を下ろした。チョコレートがけのチェリーの味は、本の中のままにおいておこうと思った。
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by cinnamonspice | 2014-11-21 16:10 | すきなもの | Comments(0)