ビスケットの缶

嵐のあと

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 小人が肺炎でICUに入って9日が過ぎ、やっと退院の日を迎えることができました。
小人と一緒に病院ですごした9日間、何年も過ぎたような気持ちになりました。
 “人生に起こるすべてのことには意味がある”という、友人の言葉を思い出しました。小人の入院は私への試練なのだと思いました。





 肺から空気が漏れて肺が圧迫され小さくなったことで空気が取り込めなくなっていた小人は、肺にチューブを挿入して漏れた空気を排出するという処置を行いました。一時は酸素マスクなしでは少しの時間もすごすことができず、パックジュースもストローで吸うことができないくらい弱っていた小人でしたが、少し体調がよくなって話しができるようになったころ、ERに向かった日のことをたずねました。
「あの日はとっても苦しかったでしょう?」
と、謝ると、
「苦しくなかったよ。」
と、酸素マスクをつけたまま答えました。小人なりの心配りのようでした。
 退院の前夜、ICUに運び込まれた日、小人を看てくれた看護師の人が再び看てくれました。
「あの日、ここに運ばれてきたときの彼はとても怖い状態だった。良くなるか悪くなるかどうなるかわからない容態で、とてもとても病気だったんだ。彼がこんなに元気になって僕はハッピーだよ。」
と、顔をくしゃしゃくしゃにして小人に言いました。
小人を元気にしてくれたお礼を言うと、
「いいや、彼が強かったんだよ。」
そう、言って、
「またね」
と、部屋を出ました。

 あの日、酸素マスクをつけてもなお、空気を取り込めず、かろうじて意識をつなぎとめる小人の隣で、肺でも命でも私の持っているものをすべて差し出しても守りたいと思いました。“母親”というものは、そのために生きているのかもしれません。
 入院して一度だけ、病院に小人を残して荷物を取りに帰りました。ドアを開けると、あの日、小児科へ行くつもりで家を出たときのままになっていました。部屋に残されたものたちに小人の気配を感じて、時計の針を戻されるようで胸が締め付けられました。
 すべては、マウイで迷わされたあのときから始まっていたのだと思いました。一度快方に向かっていた小人の容態が再び悪くなってうなされていたとき、小人がふと、目を覚まして
「ママ、僕の頭の上に人がいる?」
と尋ねました。
「いないよ。」
と伝えると、安心したように笑って眠りにつきました。翌日小人の言葉を思い出して、小人は、私たちの身代わりに、あそこで何かを引き受けてきたのかもしれないと思いました。
 9日間、たくさん泣いて悲しみとひきかえに、病院のスタッフの人たちや友人からやさしさや愛をもらいました。やはり、人生に起こるものに意味のないものはないのだと思いました。悲しみは時間を経て宝石になるのだと思います。
 今は、周りの人々にいただいた気持ちにどうお返ししていいのかわからず、ただ、ただ、「ありがとう、」と言うことしかできないでいます。嵐の後の海のように、嵐が残した贈り物をひとつひとつ拾い集めています。
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by cinnamonspice | 2012-04-22 09:44 | まいにちのこと