ビスケットの缶

Sequoia National Park その2

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宿泊したロッジのレストランからの眺め。
窓枠が絵画のフレームのように、日が沈んでいく森と山を映し出していました。

翌日は、Crystal Caveという鍾乳洞へ行きました。
鍾乳洞までも15分のトレッキングが必要で森の中を人がやっとすれ違えるほどの山道、しかもほとんど柵はなくその下は切り立った崖を下って行きました。弟小人のことが心配でしたが、3歳半、なんとか歩いてくれました。
 鍾乳洞の中は全く照明がなく、暗闇の中を懐中電灯を片手に、みんな探検家のように進んでいきました。暗い分、動物のように耳や鼻などがいつもよりも冴えて、足元を流れる湧き水の音や、ぽたん、ぽたんと落ちる音を感じました。鍾乳石と鍾乳石の間を大人一人がやっと通れるくらいの道(人の手の油がつくのでさわらないでほしいとのこと)、大人は頭がつかえてしまいそうなくらい鍾乳石がせり出した場所を、小さな動物のようにするするとくぐりぬけていく小人を必死で後を追いかけました。(懐中電灯を持った小人がいないと、右も左も、目の前が上りなのかくだりなのかさえわからないほどの暗闇に取り残されてしまうので。)洞窟内の一番開けた場所で、みんなで輪になり、ガイドの人の指示で懐中電灯の灯かりを消すと、完全な暗闇に包まれました。時間がたっても何一つ見えてこないこのような完全な暗闇は初めてかもしれません。周りにいるみんなの存在も、自分の存在も、黒い闇の中に溶けてしまったかのような感覚になりました。暗闇の中、みんな声を潜め、存在するのは、ぽたん、ぽたんと落ちる水の音だけでした。でも、しばらくすると、不安というよりはなぜか安らぎのような感覚があったのは不思議な発見でした。お母さんのおなかの中にいたときのような感覚なのかもしれません。残念ながら、期待していたコウモリは現れませんでしたが、この真っ暗な闇の体験に、いろんな感覚が研ぎ澄まされるようでした。その後、ガイドの人から、昔この洞窟に入って亡くなっていた3人のネイティブアメリカンの話やその儀式の話などを聞いて、当時の彼らの洞窟の意味や存在について思いをめぐらせました。
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Crystal Caveの中。
時が止まったようなかつて川だった水の流れを示す鍾乳石。
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川にはしゃぐ小さな探検家たち。
帰りはひたすらのぼり道。
道端のへびに気をつけながら帰りました。

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by cinnamonspice | 2010-06-28 07:30 | まいにちのこと