![]() ![]() ![]() ![]() ![]() のんびりの週末。 ![]() 昨日見た長い夢の終わり、小学校の二年生のときの担任の先生が出てきました。 「あー、今、(私の)家(の前)にいるんだけど、さくらんぼを持ってきたから置いていく。」 と、電話越しに先生が言いました。担任をしていたとき、先生はいつもはだしで、ギターを持って歌を歌ってくれたり、先生の行く先にはいつも子供たちの輪ができるような子供たちに人気のある先生でした。その一方で、少年がそのまま大人になったような先生は、実はとてもシャイで人と話すときはのんびり言葉を選びながら話すのでした。夢の中で受話器越しに聞こえる声は、いつもよりさらに言葉少なく、少し元気がなさそうでした。でも、さくらんぼを届けにきてくれたという先生の言葉は、お中元にいつも私たちの実家に出身の山形のさくらんぼを送ってくれていたので、すんなりと受け止められました。 私は、どこか元気のない先生の声が気になって、久しぶりに先生に会いたくて、(夢の中では日本という設定)夜の電車に乗って急いで家に帰ろうとする…。 そんなところで夢は終わりました。 先生は私に何かを伝えたかったのかな。 心理学的にはナンセンスなのかもしれないけれど、でも、夢は過去と未来をつなぐ手紙みたいなものなのかもしれないと思うのは私の希望的空想かな。
手紙その1、
![]() 封筒の宛名にりすのステッカーを貼ってどんぐりを描き添えた小人。 先生お元気ですか。 ぼくは元気です。 先生は赤ちゃんが生まれるのを楽しみですか。 先生はにじいろのくものすを見たことがありますか。 ぼくはみたこともあります。 先生にまたあえる日を楽しみにしています。 「てにをは」が、まだあやういけれど、知っている漢字をたくさん使って書いた小人なりの手紙。 手紙その2、 ![]() 手描きのタッチがかわいくて手にしたマリメッコの布で、スカートを縫いました。 小人が「ももたろう」の本を借りてきました。 松居直さんの文、赤羽末吉さんの画による「ももたろう」は、私が知っているももたろうとは少し違う擬音が使われていて、おなじみのお話も新鮮でした。 ももは、つんぶく、かんぶく、と流れてきて、ももたろうが生まれるときのももはじゃくっと割れ、 鬼がとびかかるときは、わりわり、と。 擬音の世界は自由で楽しいな。 ![]() クランベリースコーンと紅茶で、ほっと一息。 春色のクロスをひいて、春待ちのお茶の時間。 週末の朝は、雨音で目が覚めました。 久しぶりに聞く雨の音。なんだかとてもしみじみと胸の中まで潤うようでした。 雨がうれしいのか、アパートの中庭にはかたつむりが出てきていました。ずっと姿を見なかったけれど、この日を待っていたのかな。かたつむりに負けず、雨を楽しみにしていた小人たちもレインコートを着て家から駆け出していました。 車の窓から見ていた小人が、 「ママ、あそこが天国なの?」 尋ねました。小人が指差すほうを見ると、大きな墓地がありました。 「天国は目に見えないの?」 小人の心の中の引き出しが、今は増えているときなのだと思いました。
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